レインボー・アクションの活動から振り返る、性的マイノリティと都政の歩み ー東京都議会の議事録を中心にー

レインボー・アクションの活動から振り返る
性的マイノリティと都政の歩み
ー東京都議会の議事録を中心にー
NPO法人レインボー・アクションでは、石原慎太郎元東京都知事による、同性愛者に対する差別発言から10周年を迎えることを機に、団体としての活動を振り返りながら、都政における性的マイノリティの歩みについて、東京都議会の議事録を手がかりに、その経過をまとめました。活動の記録をまとめることが主眼ですので、都のすべての施策・政策や記録を網羅しているわけではありませんが、「府中青年の家事件」以降の、都政における性的マイノリティの歴史の一端をお示しできているのではないかと思います。
府中青年の家事件をめぐって
東京都議会の議事録において、明示的に性的マイノリティに関する内容が登場するのは、府中青年の家事件をめぐる議論が最初であると考えられる(東京都議会のホームページで確認できる1947年(昭和22年)5月以降の議事録において)。(エイズに関する議論は1980年代からみられるが、必ずしも性的マイノリティの存在を踏まえた議論にはなっていない。)
1990年(平成2年)8月に三井マリ子議員から、府中青年の家事件を踏まえて、青年の家の目的や利用基準、リーダー会について、また、動くゲイとレズビアンの会(アカー)に対する宿泊利用の不許可について、文書による質問があった。
この質問に対する東京都教育長の答弁は、「青年の家は青少年の健全な育成を図る目的で設置した施設であることから、男女間の規律は厳格に守られるべきであると考え、いかなる場合にも男女が同室で宿泊することを認めないというルールと実質的に同じ考え方を同性愛者の団体についても適用した」という自らの非を認めない原則論に固執するものであった。また、リーダー会のあり方については、「各団体の自主性に任されるものであるが、それによる差別的言動は、あってはならないものと考える」と述べ、さらに、「団体の目的や活動について問題にしているのではなく、一般的に公の施設の使用を拒むものではない」などとも述べている。
その後、1991年(平成3年)2月には、厚生文教委員会において、米山久美子議員から、動くゲイとレズビアンの会(アカー)によって提起された訴訟に関しての質疑があったが、東京都教育委員会の答弁は、相変わらず「男女間の規律は厳格に守られるべきであると考えておりまして、この点から、青年の家ではいかなる場合にも男女が同室で宿泊することを認めていない」「複数の同性愛者が同室に宿泊することは認めるわけにはいかない」「アカーという団体の目的や活動について問題にしているわけではございません」という原則論を主張するばかりであった。
日本の行政官僚制においては、無謬性が前提とされ、従って、東京都の当初の対応である宿泊の不許可についても、これを正当化し、間違っていなかったという議論に固執することは、とりわけ議会という公開の議論の場における振る舞いとして、(それが間違っていたとしても)理解できないではない。しかし、自らの対応が同性愛者に対する差別そのものであったにもかかわらず、それを認めないばかりか、行政権力による公共施設の利用拒否という対応が、同性愛者に対する差別と偏見を強化したことを無視しながら、「差別的言動はあってはならない」などとうそぶき、その差別を糊塗するような態度は、大変聞き苦しく見苦しい。
裁判において係争中の案件となってしまったことも影響し、この後、都議会においては、裁判の終結まで議論は登場しない。
裁判終結後、1997年(平成9年)10月の文教委員会において、寺山智雄議員が裁判の経緯および経過、また、判決について質疑した。東京高裁による判決に対して、上告しなかった理由として、「明確な上告理由を挙げることが困難であること、それから控訴審の判断を覆す新たな証拠や法律上の争いを展開することは難しい」と考えたことを挙げた。また、判決を受けて、「(青少年の健全育成という)設置目的に沿って利用されるよう関係職員に対する接遇研修を行うとともに、利用条件にかかわる規程類の整備」を進めるとし、また、リーダー会については、「運営方法の改善等を行いまして、さまざまな団体がお互いに気持ちよく、安心して利用できる施設として、適切な運営に努めてまいりたい」と答弁している。なお、府中青年の家は2004年(平成16年)に廃止された。
高裁判決では「平成二年当時は、一般国民も行政当局も、同性愛ないし同性愛者については無関心であって、正確な知識もなかったものと考えられる。しかし、一般国民はともかくとして、都教育委員会を含む行政当局としては、その職務を行うについて、少数者である同性愛者をも視野に入れた、肌理の細かな配慮が必要であり、同性愛者の権利、利益を十分に擁護することが要請されているものというべきであって、無関心であったり知識がないということは公権力の行使に当たる者として許されないことである。このことは、現在ではもちろん、平成二年当時においても同様である」と述べられている。これは現在でも十分に通用する議論であって、性的マイノリティに関する活動に関わるすべての人たちに、共有されるべきであると確信する。
*なお、事件の内容や経緯、および結果については、諏訪の森法律事務所のサイトにて、大変わかりやすくまとめられているので、参考にしていただきたい。
http://www.ne.jp/asahi/law/suwanomori/special/supplement3.html
東京都人権施策推進指針の策定
その後、1998年(平成10年)より、総合的に人権施策を推進する組織として、(同和対策部の組織改正により)東京都総務局に人権部が設置された。冊子「みんなの人権」の発行や人権週間の行事など、普及啓発活動が中心的な取り組みとされていた。
2000年(平成12年)に6月には「人権施策推進のための指針骨子」が公表された。この骨子においては、性的マイノリティのうち、「性同一性障害」については前向きに取り上げたものの、同性愛については取り上げていなかった。
この「人権施策推進のための指針骨子」については、もともと1999年(平成11年)に「人権施策推進のための指針に向けてのあり方専門懇談会」が設置され、懇談会の提言が同年12月に東京都知事宛てに提出されていた。この提言を受けて、指針の骨子が翌年6月に発表されたという流れの中にある。
しかし、都議会総務委員会(2000年(平成12年)7月)における東野秀平議員の質疑によれば、実際には、提言の段階では、同性愛者に関する内容が含まれていたものの、指針の骨子では同性愛者に関する内容は削除されていたという。
削除した理由として、都側は「多くの方々の理解を得るに至っていないなどの状況」「いろいろな状況が生じていること」「さまざまな議論」があるとしており、最終的には「都民の意見を参考に」指針をまとめたとしている。議員による質疑に対して、このような差別意識が明白な答弁を堂々と述べていることには驚きを禁じ得ない。
また、東野秀平議員は、都政モニターアンケートの結果を引用しながら、「同性愛者、性同一性障害者等が尊重されていないという声が約7割」あったと紹介し、「こういった現実があるのに取り上げてないというのは、ちょっと私には解せないので、逆にしっかりと取り上げるべきではないか」と発言。さらに、「懇談会」に参加した専門家の意見として、「社会的に起こっている同性愛者に対する傷害の問題とか殺人の問題とか、様々な社会的事例をきちっと把握されながら、人権をしっかり守っていかなくてはいけないという強い思いがあった」と紹介している。
西条庄治議員も同性愛に関する内容が削除されたことについて質疑したが、都側の答弁は同様の内容を繰り返すばかりであった。
しかし、これらの指摘を受けてか、同年11月に公表された「東京都人権施策推進指針」においては、同性愛者に関しても言及されることとなった。だが残念ながら、「また、近年、同性愛者をめぐって、さまざまな問題が提起されています」との文言で、お世辞にも評価することはできない内容であった。(図1)
なお、同年2月には「夢の島事件(新木場ゲイバッシング殺人事件)」が発生していた。

(図1:当時の東京都人権施策推進指針)
石原慎太郎東京都知事による同性愛者に対する差別発言
2010年(平成22年)12月3日、石原慎太郎東京都知事(当時)は、「子供だけじゃなくて、テレビなんかにも同性愛者が平気で出るでしょ。日本は野放図になり過ぎている。使命感を持ってやります」と発言。
さらに同年12月7日、この発言の真意を記者に問われ、「どこかやっぱり足りない感じがする。遺伝とかのせいでしょう。マイノリティーで気の毒ですよ」「ゲイのパレードを見ましたけど、見てて本当に気の毒だと思った。男のペア、女のペアあるけど、どこかやっぱり足りない感じがする」と述べた。
発言のあった両日とも、東京都も啓発に注力している人権週間の最中であり、その重点項目には、「性的指向による差別をなくそう」が含まれていた。
これらの発言を受けて、何か行動したいと感じて集まった有志によって、「石原都知事の同性愛者差別発言に抗議する有志の会」が発足。2011年(平成23年)1月にシンポジウム、同年2月から3月にかけてトークイベントを実施し、同年3月12日には、新宿にて、デモを開催する予定であった。しかし、デモの前日に発生した東日本大震災の影響を踏まえ、1か月ほど延期し、4月16日に新宿にてデモを開催した。
もともと「石原都知事の同性愛者差別発言に抗議する有志の会」は、発言に抗議するための短期的なプロジェクトとして発足したが、シンポジウムやデモなどさまざまな活動のプロセスを通じて、多様な人々と出会い、また、問題の根深さや広がりを理解・認識できたことから、新たに「レインボー・アクション」として、発展的に今後も活動を継続していくこととなった。(2014年(平成26年)にはNPO法人格を取得した。)
レインボー・アクションでは、居場所づくりや移民・難民をめぐる課題、メディアや行政・政治への働きかけ、差別発言への抗議、デモなどの街頭アクションや、映像祭の開催など、様々な活動に取り組んできたが、とりわけ東京都政に対する働きかけは、「請願・陳情チーム」が担当した。
冊子「みんなの人権」をめぐって
東京都総務局人権部によって発行されている冊子「みんなの人権」は、東京都人権施策推進指針の内容を踏まえ、人権課題について解説した普及啓発冊子で、年に1回発行されている。発行部数は10万部を超え、都内の各公共施設に一律に配布されることから、その影響力は小さくない。
レインボー・アクションでは、東京都が性的マイノリティに関する施策にとりくむためには、東京都人権施策推進指針の改定が欠かせないと考えていたものの、同指針において、見直しや改定のルールが守られていないこと(5年度ごとに見直しを進めることになっていた)、また、策定時以外は、都議会で議論になっていないことなどから、すぐに改定することは難しいと考えていた。しかし、年に1回発行される冊子「みんなの人権」であれば、担当部署の裁量で内容を見直してもらうことができるのではないかと考え、都議会議員を通じて担当部署との面談に臨んだ。
当時(2011年・平成23年)発行されていた「みんなの人権」において、性的マイノリティに関する記述は、「その他の人権」という分類ではあったものの、人権施策推進指針とは比較にならないほど良識的で、その内容についても、おおむね了解できるものではあったが、冊子の改訂に合わせて、内容を充実させることが必要であると考えた。具体的には、「性同一性障害」や「性的指向」といった分け方をするのではなく、性的マイノリティの基本的な事項をまとめ、概要だけでもわかりやすく伝わるように説明をしていただくよう要望した。(図2)

(図2:改定前の冊子「みんなの人権」)
また、2012年(平成24年)3月の都議会総務委員会において、和田宗春議員が、東京都人権施策推進指針について、また、冊子「みんなの人権」について質疑した。当時すでに、東京都人権施策推進指針の策定から10年以上が経過し、人権課題も変化している状況を踏まえ、指針の改定と冊子「みんなの人権」の見直しを取り上げた。東京都人権部からは、社会情勢の変化があった場合には、見直しを検討すべきとの答弁を得た。
結果として、翌年度版の「みんなの人権」においては、これまで数行の説明であった性的マイノリティに関する内容が、2ページにわたって説明されるように変更された。(図3)

(図3:改定後の冊子「みんなの人権」)
東京都人権施策推進指針の改定
2013年(平成25年)にはオリンピックが東京で開催されることが決定され、これにあわせて、東京都の人権施策についても、見直しを迫られることとなった。具体的には、東京都人権施策推進指針の改訂に取り組むことであった。実際に改訂された指針を見ても「Ⅰ 人権を取り巻く現状」や「Ⅱ 基本理念と施策展開の考え方」において、オリンピックの開催に向けて、「人権尊重の理念の実現が求められている」「人権施策の推進に取り組み、国際都市にふさわしい人権が保障された都市を目指す」と述べられていること、さらには都議会における議論をみても明らかにわかる。翻せば、指針の改定以上の対応ーすなわち条例の制定や基本計画の策定などーは必要ではないと考えていたと推測することができよう。
改定の対象となった項目を見ても、性的マイノリティに関する内容だけではなく、インターネットや震災に伴う課題、また、ヘイトスピーチについても取り上げており、十分かどうかは別としても、少なくとも、必要最低限の内容を盛り込んだという意識が、東京都側にあったことが推察される。
性的マイノリティに関しては、「性同一性障害者」および「性的指向」が取り上げられた。従来、「その他の人権課題」という項目の中で、まとめて取り上げられていたのみであったが、改定によって、独立した項目として取り上げられることとなった。このこと自体は評価できるものの、内容については、決して手放しで評価できるものではなかった。とりわけ、「性的指向」の現状の説明において、「なお、我が国では憲法で「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し」と規定しています。 」という一文が付け加えられている点は問題が大きい。指針の本文においても、これ以上の説明がないため、この憲法の規定の説明を付け加えた意図・趣旨が不明であるし、性的指向に関係する人権課題とこの規定が関連しているかどうかも不明である。指針が憲法の改定を求めているようにすら読める(もちろんその反対にも読める)。また、「同性パートナーシップ」や「同性婚」に関係がある婚姻に関する事務は、市町村の担当であり、都(道府県)が所管する事務でもないため、言ってみれば東京都の施策とは全く関係のない内容を、盛り込んでいるということになる。
この指針の改定が議論された2015年(平成27年)6月の当時は、同年の3月に渋谷区において「同性パートナーシップ条例」が成立した直後であったが、おそらくその影響を踏まえて、指針にも「同性パートナーシップ」に関わる内容を追記したものと推測される。実際に都議会総務委員会においても、そのような趣旨の質疑がみられるが(西澤圭太議員および清水ひで子議員による質疑)、わざわざ東京都の人権施策推進指針に、関連があるかどうかも不明な憲法の規定を、指針の本文に入れ込むことには大きな疑問を感じざるを得ない。
そこで、NPO法人レインボー・アクションでは、公表された素案に対して、「性的指向」に関する項目を含む、4項目にわたる要望書を担当部局宛てに提出した。
また、都議会議員に対しても働きかけを進めた。しかし結果として、素案から変更のないまま、指針の改定は議決された。
https://www.soumu.metro.tokyo.lg.jp/10jinken/tobira/pdf/guideline.pdf
このたびの人権施策推進指針において、従来、「その他の人権課題」として取り上げられていた性的少数者に関する事項に関して、「性同一性障害者」「性的指向」のそれぞれの項目について、独立して明記したことを評価いたします。
しかしながら、次の4点について課題があると考えられ、早急な改定を要望します。
要望事項1 「婚姻は両性の合意にて成立する」旨に関する記述を削除すること
憲法上、確かに「婚姻は両性の合意にて成立する」旨について規定がありますが、都の人権指針において明記する必要はなく、人権指針自体が、差別を生み出してしまう可能性があります。とりわけ、次の5点について、重大な懸念があるため、削除すべきであると考えます。
第一に、異性愛の人と、性的指向が異性に限らない人たちとの差異を強調することにつながるため、性的指向が異性に限らない人たちに対する、差別や偏見を助長する懸念があります。
第二に、異性のパートナーと暮らすこと以外は認めないとする考え方を、暗黙のうちに押し付けるものであり、同性パートナーの親と暮らす子どもたちに対する、差別や偏見を助長する懸念があります。
第三に、有識者会議や関係団体からのヒアリングにおいても指摘のなかった点について、明記する意図および目的、理由が不明です。
第四に、「同性婚」を認めるか否かという事項は、都の事務の所管外であり、人権指針に明記する必要性がありません。
第五に、性的少数者のすべてが「同性婚」を求めているわけではなく、当事者かどうかを問わず、様々な意見があることから、時間をかけた議論が必要です。
以上のような理由から、現時点で人権指針において、「同性婚」に関連するような内容を含むべきではないと考えます。
要望事項2 「性同一性障害」に限定せず、広くトランスジェンダーの課題を対象とするべきこと
「性同一性障害」は、性自認と身体の性の不一致や違和感に悩み苦しむトランスジェンダーのうち、医学的な診断を受けた場合のみを指しています。しかしながら、実際のトランスジェンダーの性のあり方は、「性同一性障害」だけではなく、服装や社会的な性、性自認や医学的処置の有無など、様々な面において多様です。
性別を単純に「女性」または「男性」として分けることは、不適切であり困難である上、「性同一性障害」の課題のみを対象とすることは、問題を矮小化してしまう可能性があります。「性同一性障害」に限らず、広くトランスジェンダーを対象とし、都の政策において、「女性」「男性」に限らない性のあり方を認め、配慮することが必要です。
要望事項3 多様な性のあり方について明記すること
性的少数者をめぐる課題は、「性同一性障害」や「性的指向」に限りません。性自認や身体の性、性愛関係や社会的な性、見た目の性をめぐる課題など、様々な側面における、差別や偏見があります。多様な性のあり方について、その存在を認め、人権にかかわる課題があることを、明記する必要があります。
要望事項4 差別発言を明確に禁止すること
石原慎太郎元東京都知事は、同性愛者に対して「どこかやっぱり足りない気がする」「遺伝とかのせいでしょう」「マイノリティで気の毒ですよ」等と、記者会見の場において発言しました(2010年12月)。
このような発言は、明白に同性愛者を攻撃対象とするものであり、人権侵害であることは言うまでもありません。また、公人であるかどうかに関わらず、許されるべき内容のものではありません。このような発言がくり返されることのないよう、人権指針において、差別発言を明確に禁止する必要があると考えます。
「東京都オリンピック条例」の制定
東京オリンピックに対応した東京都の人権施策としては、東京都人権施策推進指針の改定で済まされたものと考えていたところ、2016年(平成28年)に小池百合子都知事にかわり、流れが大きく変化した。2017年(平成29年)12月に山内晃議員の本会議での質問に答えるかたちで、「オリンピック憲章の考え方でございますが、ダイバーシティーの実現に資するものであります。このため、そこに掲げられた理念を東京のまちの隅々にまで行き渡らせ、都民の皆様と意識を 共有するために条例化に向けた検討をするように指示」をしたと表明。翌2018年(平成30年)5月に、「東京都オリンピック憲章にうたわれる人権尊重の理念の実現のための条例」を、同年9月議会に提案する旨表明した。
もとより、小池都知事は、都知事選挙において、「ダイバー・シティ」(原文ママ)を実現するとの公約を発表していたが、政策ビラやホームページなどの資料をみても、「ダイバーシティdiversity」ではなく、「ダイバー・シティ」(中点が入っているのは「diver’s city」の意か?)であったことから、その真意は不明であると考えざるを得なかった。また、内容についても、性的マイノリティに関する項目を含んでいなかった。こうした中において、急転直下、オリンピック憲章の名の下に、性的マイノリティとヘイトスピーチを対象とした都条例を制定するとの発表であった。
本条例について、都道府県の条例では初めてのことであり、性的マイノリティへの差別を禁止したことや、基本計画が策定されることについて評価する向きもあるが、NPO法人レインボー・アクションでは、この条例を評価すること自体が有害であって、大幅に修正することが困難である以上、廃案にするしかないと考え、「『東京都オリンピック条例』の欺瞞を暴く」と題するイベントを開催した。
同条例の抱える重大な問題点について指摘しておきたい。
まず、手段が目的になっている点である。同条例の目的は、啓発や教育などを手段として、人権尊重の理念を浸透させることとしているが、本来は差別を禁止することや被害の救済などを目的とした条例であるべきではないか。人権尊重の理念を浸透させることは手段であって、目的にはなり得ない。この点から、実効性は全く期待できないと言ってよい。
次に、パブリックコメントが全く反映されていない点である。東京都の公表資料では、1000件にも上る意見を、たったA4用紙1枚にまとめきっており理解不能であると言わざるを得ない。「とりあえず意見は集めておけばよい」という建前をそのまま表しており、意見に真摯に回答しようという態度も、ていねいに説明して理解を得ようという姿勢も、いずれも微塵も感じることができない。もはや都知事・都職員の傲慢そのものであると言ってよいだろう。
その上、条例案に対して、パブリックコメントを踏まえて内容を修正・変更した部分が皆無である。ただただ条例を成立させたいというスケジュールありきで手続きが進められたことは明らか。(6月に発表された条例案と今回発表された条例案では、たしかに一部の修正が見られるが、パブリックコメントを踏まえたものとは考えられない。)
さらに、「都道府県で初めて」「差別禁止を盛り込んだ」などと評価する必要も意義もまったくなく、画期的ですらない。なぜなら、禁止を宣言したものの、都の具体策は基本計画に委ねられていて、どの程度実効性があるか不透明であるためである。また、都民や事業者に協力を求めるとのみ定められていて、その中身は不明である。他の資料(6月時点の資料)によれば、一元的な相談窓口を設置すると明記されているが、条例では啓発のみが明記されている点についても、不信が大きい。さらに、条例上、取り組むこととされているのは、差別の解消と啓発の推進であって、差別の禁止に取り組むとは規定されていない。
また、すでに策定されている東京都人権施策推進指針との関係もまったく不明であるばかりか、同指針を踏まえてすらいない。人権指針にもオリンピックを見据えて改定したと明記されているのに、このたび対象を限定して条例を制定する意味・理由がどこにあるのだろうか。
言うまでもないが、人権課題は性的マイノリティとヘイトスピーチに限られたものではなく、オリンピック憲章においても、様々な人権課題が明記されている。しかしながら、そもそもオリンピック憲章は人権規範とは言い難く、根拠とすること自体が間違っていると言わざるを得ない。東京都に求められているのは、まずは何より東京都人権施策推進指針を具体化していくことであって、人権施策推進指針を実施・実現するための条例や基本計画であることは疑いがない。しかし、そうではなく、わかりやすい課題を2つだけ選んでおいて、「人権条例」などと呼称することは、もはや大いなる勘違いであって、小池都政が人権課題に前向きに取り組んでいるという誤解を生んでしまうため、大変不適切である。
以上のような問題点が放置されたまま、同条例については、都民ファーストの会、都議会公明党、共産党都議団、都議会立憲民主党・民主クラブが賛成し、都議会自民党が反対、かがやけTokyoは議決に参加しないという状況で、10月の都議会において原案の通り可決され、成立した。
https://www.soumu.metro.tokyo.lg.jp/10jinken/tobira/pdf/regulations2.pdf
基本計画の策定
2019年(令和元年)12月に、「東京都オリンピック条例」に基づき、「東京都性自認及び性的指向に関する基本計画」が策定された。
https://www.metro.tokyo.lg.jp/tosei/hodohappyo/press/2019/12/25/19.html
専門電話相談やSNSによる相談窓口が設置されたことを始め、現状で必要な最低限の施策についてはおおむね網羅されていると考えられるものの、素案策定までの経過が不透明で、調査の手法も内容も不十分であって疑念が残る。
まず、計画の策定にあたり実施した「当事者等調査」について、規模が小さすぎるばかりか、調査手法も不透明であって、政策立案の参考にできると言える水準に達しておらず、計画に記載するには不適当であると言わざるを得ない。
同調査の内容については、都議会の議論(原のり子議員及び山内れい子議員による質疑)によって概要が明らかになっているのみであるが、これによると、8つの当事者団体及び支援団体等に対して、団体に関する調査票を送付したこと、当事者個人に対しては、団体経由で調査票を送付し、42名の当事者個人より、無記名での回答を得たこと、また、計画の構成や基本方針等を検討するにあたり、8名の当事者に個別に意見を聴いたとのことで、これ以上の詳細は不明である。設問数や設問の内容、回答者の規模や属性などについて、偏りがあるかどうかすら検証ができないし、東京都の基本計画の策定に向けて、適切な調査であったかどうかすら、検討することができない。この程度の調査では政策立案の参考にできるとは言えず、不適当である。
また、山内れい子議員の質疑においては、有識者等からの意見聴取や他自治体の施策や企業における取り組みの事例も把握したと述べられているが、誰から意見を聞いたのか、どの自治体の施策を参考にしたのか、どのような企業の事例を把握したのかなど、具体的な内容については一切不明である。
条例上、基本計画を定めるに当たって、都民等から意見を聞くこととされていることから、条例上の最低限の要求を満たすために、かたちばかりの意見聴取として対応したものとしか考えられない。そうでないのであれば、調査及び意見聴取の実態について公開すべきであろう。
また、このような疑念を解消し、実効性の高い計画にしていくためには、当事者が参加し意見を述べることができる公開の会議体が設けられるべきであり、公式の場で議論を進め、計画をともに作り上げていくことが何より必要であろう。
まとめ
以上の経緯を総合すると、府中青年の家事件の当時には、性的マイノリティに関する東京都の施策は何一つ存在していなかったが、裁判を経て、東京都人権施策推進指針が策定され、さらに指針が改定され、性的マイノリティに対する差別を禁止した条例が成立し、基本計画まで策定されたという流れにあることは事実であり、あくまでも外形的には、性的マイノリティに関する施策はこの30年あまりの間に、大きく「進展」したと評価することもできるかもしれない。
しかしながら実質が全く伴ってこなかったことには十分留意しなければならない。現在の状況は、30年かかってようやく専門の相談窓口が設置されただけという結果に過ぎない。この他には何もない。残念なことに、多くの議員の問題提起にも応えないまま、実質を伴う政策として取り組んで来なかったということは、これまでみてきた経過で明らかになったとおりであり、中身がない看板だけの表面的な「人権施策」であったことが、東京都の施策の本質であったと断じてよいだろう。

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